ROKUZAEMONの諸行無常

田舎でひっそりと暮らしています

2024初詣-藤島神社、足羽神社、毛谷黒龍神社、劔神社参拝-

新年明けましておめでとうございます。

しかしながら、新年早々能登半島で地震があって、正月ムードは全くないですね。前の職場の同僚に能登出身が相当いるので消息含めて心配です。

筆者は地震発生時に福井駅前にいた。翌朝京都に初詣に行くつもりで切符の購入に来たわけだが、周りから緊急地震速報の音が鳴り響いているのはわかったが、揺れ自体は全く感じなかった。その直後にJRが運転見合わせとなったのだが、正直揺れを感じなかったのでここまで大惨事だとは思わなかった。結局京都行きは中止することにしました。

ということで、今年の正月は福井県内の神社のみの初詣となったが、天気が良かったのもあり、特に毛谷黒龍神社はものすごい初詣客だった。以下参拝した神社を紹介します。

◆藤島神社

藤島神社は、南北朝の武将新田義貞をご祭神とする神社で、元々は灯明寺畷(地名で言うと新田塚)にあった神社を明治時代に足羽山に移転したものである。

新田義貞については、以前のブログでも記載しているが、いわゆる清和源氏の血を引く家系にあたる由緒正しい血筋の武将であるので、単なる一武将としてではない、天皇の子孫を祀っているというところに格式の高さを感じる。確か徳川家康は、新田家の子孫(として家系を書き換えた)だったと思う。

藤島神社参道前の鳥居。初詣自体は元日に訪れたが、実はこの写真は2日に撮影したもの。

参道から神社までは笏谷石でできた階段を上っていくわけだが、あまり階段を上っていく人はいなかった。神社近くまで車で行くことが出来るので当然そうなるよね。

階段を上りきると拝殿が見えてくる。

新田家の家紋である「新田一つ引き紋」が目に入る。

初詣客はこんな感じ。思ったよりも参拝客が少なく、スムーズに参拝できた。

以前新田義貞関連で一度参拝したが、初詣で参拝したのはこれが初めてである。

◆足羽神社

福井市南西部に位置する足羽山には、藤島神社だけでなく、毛谷黒龍神社や足羽神社など、由緒ある神社が点在しており、いずれも歩いて行ける距離にある。

途中毛谷黒龍神社に行くつもりだったが、あまりにも参拝客が多いので、毛谷黒龍神社の参拝は断念して、先に足羽山神社に参拝。

足羽神社は、藤島神社や毛谷黒龍神社と異なり、最初から足羽山で創建された神社で、その歴史は1500年にのぼるとのこと。ご祭神は、継体天皇である。福井県民であるが、実は継体天皇のことはよくわかっていないのだが、小さいときは福井の三国?出身のように習ったような気がしたが、どうも最近では生まれは近江(滋賀県)で、育ちが越前(丸岡)とのこと。応神天皇のかなり遠い子孫だったが、大和朝廷の皇統を継ぐ人がいなくなったことで大和朝廷に迎え入れられて即位した人だそうです。

境内に、継体天皇の系譜が書かれた石碑が建てられている。

初詣客はこんな感じで、藤島神社よりは多かったものの、そこまで並ぶと行った感じではなかった。
実は足羽神社は、筆者の地区の神社の管轄となっていることから、神社の役をやっていたときには宮司さんを始め大変お世話になっている神社だったりします。初詣は2回目だと思う。

神社から山を下りるときに、少しだけ白山が見えた(真ん中の白いやつ)。左の高い建物は福井駅前のハピリンです。

 

◆毛谷黒龍神社

本来であれば元日に参拝したかったのだが、とんでもない参拝客だったので当日は参拝を断念し、翌日朝早く改めて参拝した。

これは元日の写真。とんでもない参拝客の行列。さすがに参拝を断念した。

ということで、翌日(1月2日)朝早くに再び参拝に。8:30頃だったが、さすがに朝早くは人が少なかった。

拝殿の前はこんな感じ。それでも3つの神社の中では一番多い参拝客だった。確かにパワースポットとして有名な神社であるが、人気度で言うとダントツ1位だった。どうしてこんなに多いのか謎なのだが、もしかして今年が「辰年」だから?

というわけではないが、お守りを購入した際に、このようないかにも御利益のありそうなカードを頂いた。

社務所にこの龍の絵が飾られていて、運が良ければ見ることが出来る。わざわざこの絵を見るためだけに全国から人が参拝に来るそうである。

せっかくなので、御利益をお裾分けする意味も含めてカードの画像を掲載します。

 

◆劔神社

劔神社は3日の午後に参拝した。以前元日に参拝したことがあるが、駐車場がものすごく混んで大変だったので3日にずらして正解だった。

例年だと拝殿までに結構な行列ができるのだが、1月3日だったこともありスムーズに参拝できた。コロナで鈴緒を撤去する神社もあることからそれもあるかもしれない。

劔神社と言えば、2年前の冬に社務所が全焼するといったことがあったのだが、現在では社務所建て替えに当たっての埋蔵文化財調査が行われており、写真にあるように掘立柱の跡が見つかった。平安時代の社殿だった可能性があるそうである。

www.fukuishimbun.co.jp

劔神社のある織田地区は織田家発祥の地で(先祖が劔神社神官だった)、織田家(信長)の氏神としてあがめられてきた歴史があるので、劔神社ではいつも「勝守」を授かるようにしている。

なお劔神社には多くの接社、末社があり、全てではないが合わせて参拝した。

猿田彦神社。昨年伊勢神宮に行ったときに、内宮の近くに猿田彦神社があり、何の神社か知らずに結局素通りしたのだが、「猿田彦大神」という神様を祀っている由緒ある神社みたいで、本家猿田彦神社の説明を引用すると、『猿田彦大神は、ものごとの最初に御出現になり万事最も良い方へ“おみちびき”になる大神で・・』とある。いかにも御利益のありそうな神様の神社ということで、今回初めて意味を理解してお詣りしました。

これも境内にある水木稲荷神社。本来であれば2日に伏見稲荷に参拝する予定だったので、代わりと行ってはなんだが、こちらで商売繁盛をお祈りしました。

ということで、正月3が日で計4箇所神社にお詣りしたが、今年は良くも悪くもいろいろありそうな一年なので、暇を見つけてはいろいろな神社にお詣りしたいと思う。